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令和7年度第1回普及啓発セミナー(フェーズフリー) 【流通・マーケティングの視点から見た「フェーズフリー」の功績と可能性】を開催しました

公益財団法人東京都中小企業振興公社(以下、公社)では、安全・安心な東京の実現に向けた、製品や技術の開発・改良を支援しています。その一環として2025年5月16日、令和7年度第1回東京の安全安心実現セミナー「流通・マーケティングの視点から見た『フェーズフリー』の功績と可能性」を開催しました。その内容をご紹介します。

本記事の目次

第一部:講演「フェーズフリーの概念と最近のトレンドについて」】

・商品・サービスにフェーズフリーを取り入れる企業が増加

・フェーズフリーが売上げアップにつながる理由とは

・日常的に使えることが、非常時にも役立つ

・行政や国でもフェーズフリーが広がっている

 

【第二部:トークセッション「流通・マーケティングの視点から見た『フェーズフリー』の功績と可能性」】

・フェーズフリー商品はどのように開発されているか

・フェーズフリー発想で売上げ13倍増の例も

・日常での価値を伸ばした先に、非常時の価値も生まれる

 

【参考サイト】

【第一部:講演】 フェーズフリーの概念と最近のトレンドについて

フェーズフリーを発案・提唱している佐藤唯行氏に、産業界や自治体におけるフェーズフリーの取り組みの最新情報と、その動向をお話しいただきました。

 

講師:佐藤 唯行氏

一般社団法人フェーズフリー協会 代表理事

 

 

■商品・サービスにフェーズフリーを取り入れる企業が増加

フェーズフリーを産業界で最初に提唱したのは、オフィス用品などの販売・配送サービスを展開しているアスクル(株)です。2019年頃から同社Webサイト内で「備えない防災のススメ」の特集ページを組み、「いつものオフィスが非常時にも活躍する。これからの新スタイル、フェーズフリー・オフィス」と謳って、フェーズフリー商品を掲載しています。同社のこの取組みが「フェーズフリー」が普及する大きなきっかけとなりました。

従来の防災用品は「非常時のための備え」が中心でしたが、フェーズフリーはそれとは異なり、「(非常時ではない)いつもの価値を高めること」を基盤としています。普段の生活が快適になることで、結果的に非常時にも役立つという考えです。これをアスクルでは「わざわざ備えない」と表現していますが、「備えられない多くの生活者がいること」を前提として、それでも「安全・安心な社会」を作る提案をしていく活動こそが「フェーズフリー」であると言えるのではないでしょうか。

このトレンドは現在、多くの商品やサービスへと広がっています。それらを製造するメーカーや提供会社のWebサイト、プロモーションを見ると、「日常の暮らしの豊かさ、暮らすことの楽しさといった価値が、災害時などの非常時の問題も解決できる」というストーリーが語られていることがわかります。

 

■フェーズフリーが売上げアップにつながる理由とは

こうして企業がフェーズフリーに参入している理由は、それが社会貢献につながるだけでなく、売上げにもつながっているからです。たとえば、バッグやスーツケースの大手メーカーであるエース(株)のビジネスリュックは、フェーズフリー機能を打ち出したことで売上げが3.5倍に増加したと、Webマガジン「Get Navi web」でも紹介されています。

現在のマーケットは商品アイテム数も多く、差別化が難しくなっています。その中でフェーズフリーは「普段使いが便利なうえ、非常時にも役に立つ」という新たな付加価値を提供し、それが生活者に受け入れられているのです。

この動きはマーケティングの大きなトレンドとなりつつあります。2023年8月には大手広告代理店である(株)電通による「今話題のマーケティングトレンドワード5」に、「フェーズフリー」が選ばれ、「SDGsにつながる新しい防災の形」として紹介されました。

 

■日常的に使えることが、非常時にも役立つ

これまでの「防災」は、「日常にはあまり役立たないが、非常時の安心・安全のために備えておく」という考え方が主流でした。しかし、このアプローチは日常生活に関係が薄いため、継続しにくく、結果として持続可能性に欠けるという課題がありました。

一方でフェーズフリーは、普段の暮らしに役立つ商品やサービスなので、日常的に使い続けることができます。そして結果的に非常時にも役立つのです。

この視点は、SDGsが掲げる「サステナブル(持続可能)」の観点とも親和性が高く、普段の暮らしを便利にしながら、万一の際にも私たちの命や生活を守ってくれるものです。つまり、フェーズフリーはサステナブルな取り組みであると同時に、サステナブルな暮らしそのものを実現する“新しい防災のカタチ”であるといえます。

 

■行政や国でもフェーズフリーが広がっている

フェーズフリーの取り組みは、行政にも広がっています。

 

・徳島県鳴門市、東京都では豊島区や調布市など、フェーズフリーなまちづくりに取り組む自治体が増加している。たとえば、調布市が策定した「調布市総合計画」では、「5つの重点プロジェクトと施策の推進、成果向上の視点」で、30ある各施策を貫く視点として「共創のまちづくり」「脱炭素社会の実現」などとともに「フェーズフリー」が含まれている

・東京都が掲げる「2050年東京戦略」、能登半島地震後の石川県の「創造的復興プラン」、神奈川県の「地震防災戦略~誰一人取り残さない防災」にもフェーズフリーの考え方が取り入れられている

・東京都では公社と共に、産業振興と防災を同時に実現する施策として中小企業のフェーズフリー商品開発を支援している

・国も2024年5月に閣議決定した「第六次環境基本計画」で、フェーズフリーのライフスタイル促進や技術開発支援を明記。従来の「備え」だけでは持続可能な防災が難しいという認識から、普段の暮らしを支えるインフラが、日常的にも非常時にも役立つようにデザインされるべきという考え方への転換を示している

 

このように、企業、自治体、そして国と、多くの領域で広がりを見せており、その可能性は今後ますます注目されることでしょう。直近では、環境省と共にWebサイト「PHASE FREE for the WORLD」を公開し、気候変動適応課題に対するフェーズフリーのアプローチについてご紹介しています。こちらもあわせてご参照ください。

 

一般社団法人フェーズフリー協会/環境省「PHASE FREE for the WORLD」

https://phasefree.world/jp/

 

※このほか講演で紹介された、フェーズフリーに関する取り組みを紹介しているメーカーやサービス提供会社等のWebページは、まとめて最後に記載しています。

 

【第二部:トークセッション】 流通・マーケティングの視点から見た「フェーズフリー」の功績と可能性

実際にフェーズフリー商品を開発するにあたって、マーケティングの視点から見た開発のヒントやポイントについて、防災アナウンサーの奥村奈津美さんをファシリテーターに迎え、トークセッションが行われました。

 

パネリスト

西原 利仁 氏

アスクル株式会社 マーチャンダイジング本部

商品開発推進 統括部長 兼 プロダクトエクスパンション 統括部長

(役職はトークセッション時のものです)

 

佐藤 唯行 氏

一般社団法人フェーズフリー協会 代表理事

 

ファシリテーター

奥村 奈津美 氏

防災アナウンサー、環境省アンバサダー

 

■フェーズフリー商品はどのように開発されているか

奥村氏:アスクルでフェーズフリー商品を多数取り扱っている西原さんに伺います。フェーズフリー商品はどのようにして開発されているのでしょうか。切り口などを教えていただけますか。

西原氏:はい。たとえば、三菱鉛筆(株)の「パワータンク」というボールペンは、フェーズフリーという概念が生まれる前からあったものですが、濡れた紙でも、上向きでも書けるという特長がそのまま非常時にも役立つことに気づき、当社から三菱鉛筆に働きかけ、フェーズフリー認証を取っていただいたものになります。

また、アスクルで販売している目盛り付きの紙コップ(サンナップ(株)製)は、一般的な無地の紙コップに、計量用の目盛りとしても使えるドット柄を加えたことで、日常使いだけでなく災害時の計量ツールとしても役立つものになりました。これらは、既存の商品にフェーズフリーの価値を新たに加えた例として挙げられます。

一方で、フェーズフリー商品をゼロから開発した例では、「バケツにもなる撥水バッグ」があります。超撥水生地を使ったトートバッグで、普段は中身を雨から守り(防水機能)、非常時にはバケツとして使えるようにしました。東京の企画開発会社である(株)三和製作所が、赤ちゃん用のよだれかけに使っていた撥水生地を応用したものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■フェーズフリー発想で売上げ13倍増の例も

佐藤氏:フェーズフリーは、自分たちの商品の新しい付加価値をお客様に提案する一つの方法です。今まで非常時のための商品だと思われていたものにフェーズフリーという価値が加わることで、日常の利便性が再認識され、その上で非常時にも役に立つ商品である、という感じです。

良い例として、(株)明治から出されている液体ミルク「明治ほほえみ らくらくミルク」があります。2016年の熊本地震後の規制緩和がきっかけとなって発売された商品ですが、防災備蓄品としてのイメージが強く、売れ行きが伸びませんでした。しかし、キャップを開けて哺乳瓶に注ぐ、あるいはアタッチメントがあればそのまま赤ちゃんに与えることができる手軽さに焦点を当て、日常の家事・育児の負担軽減になる商品でありながら「急に電気・水道・ガスの供給が止まっても赤ちゃんに栄養補給ができる」非常時のメリットを、フェーズフリーの価値としてアピールしたところ、たちまち世の中の母親から支持を得て、結果的にそれまでの13倍もの売上げにつながる実績を出されています。

奥村氏:ママ目線から見ても、災害が起きて初めてのものを赤ちゃんに飲ませるのは不安でしょう。普段から使い慣れたものが災害時にも役立つことは、赤ちゃんという弱い命を守る上でも重要な視点ですね。

 

佐藤氏:もう一つ、大手オフィス家具メーカーのコクヨ(株)の例もご紹介します。もともと同社は防災商品を多く販売していましたが、コロナ禍をきっかけとしたオフィス環境の変化に対応するため、日常と非常時をつなぐ新しい商品をゼロから企画しました。それに伴い、「Quick Change(クイック・チェンジ)」「Easy Way(イージーウェイ)」「Toughness(タフネス)」という3つのキーワードを設定して商品開発と展開を行っています。たとえば、従来の重くて動かないロビーチェアではなく、「クイック」に「イージー」に持ち運びや配置換えができ、災害時にはベッドにもなるフェーズフリーなチェアなどです。オフィスや自治体庁舎などで選ばれるようになっています。

極端な話、フェーズフリーマークをつければ売れる、という動機で取り組んでいただいても良いと思っています。非常時にしか役に立たないものは普及しないからです。売れる商品を作るための新たなコンセプトとして付加価値を提案し、それが普及して災害対策につながれば、それは非常に意義のあることです。

 

■日常での価値を伸ばした先に、非常時の価値も生まれる

奥村氏:フェーズフリーの商品やサービスを開発する上での秘訣はありますか。

西原氏:フェーズフリー商品は日常と災害時の両方に価値があるものですが、あまり防災や災害時にどう役立つかを考え過ぎずに、日常の価値をメインとして「普段の生活をいかに楽しくするか」「便利にするか」といった視点で開発することをお勧めします。命を守るという観点だけで考え過ぎると、アイデアが煮詰まってしまうかもしれません。

奥村氏:理想としては、日々使っている全てのものがフェーズフリーであることですね。そうなれば、無意識のうちに備えが整っている状態を実現できます。

佐藤氏:災害が発生したときの悲劇のシナリオは無限にあります。そのとき必要になるものも無限にあると言っても過言ではありません。日常生活に無限に存在する多様な商品に、フェーズフリー商品が多様に生まれることで、無限にある災害時のシナリオに対応できると考えています。

フェーズフリーに求められる商品開発は、特別なものではありません。ですから、皆さんの得意分野において「フェーズフリー」という視点を入れて、「少し便利になる、しかも非常時にも役に立つもの」というものを数多く提案していただきたいと考えています。それらが私たちの暮らしにあふれることで、災害という大きな問題の解決につながっていく。もちろん、事業としても成功に近づく。そういうフェーズフリーの好循環を、皆さんと共に広げていきたいと思っています。

奥村氏:みんなの英知を結集していくことが重要ですね。今後ますます「フェーズフリー」が広まって、日常も非常時も、社会全体を強くしていく方向に進んでいくことを期待したいですね。

 

【参考サイト】

第一部講演で紹介された、フェーズフリーに関する取り組みを紹介しているメーカーやサービス提供会社等のWebページです。

 

アスクル株式会社

サステナビリティ報告(環境・社会活動報告)

https://askul.disclosure.site/ja/themes/113

 

コクヨ株式会社

ヨコクなく変わる未来にコクヨのできること。

https://www.kokuyo-furniture.co.jp/phasefree/

 

エース株式会社

エースのフェーズフリー認証品

https://www.ace.jp/company/phasefree.html

 

アシックス商事株式会社

「日常」と「非常時」 2つのフェーズをフリーに。 「フェーズフリーな社会」を目指して

https://walking.asics.com/journal/contents/story/5363/

 

株式会社明治

フェーズフリーとらくらくミルク

https://www.meiji.co.jp/baby/hohoemi/rakurakumilk/phasefree/

 

瀧本株式会社

フェーズフリー

https://www.takimoto.co.jp/phasefree/

 

青山商事株式会社

AOYAMAのフェーズフリー

https://www.y-aoyama.jp/ec/shop/campaign/pg/1phasefree/

 

プラス株式会社

フェーズフリー認証商品

https://www.smartoffice.jp/info/lp/content/phase-free/

 

大東建託株式会社

防災と暮らし研究室「ぼ・く・ラボ」 賃貸住宅の防災

https://www.kentaku.co.jp/bokulab/rental/

フェーズフリーをテーマにしたCM

https://www.kentaku.co.jp/lp/brandlp02/assets/mv/CM30s_Full.mp4