
連載❷ 「無名の企業」が累計20万個のヒットを創出 (ファシル株式会社)
【DATA】製造元:ファシル株式会社(静岡県 静岡市)
商品説明:「車に防災」を提案した意欲作
商品仕様:サイズ/12.8×26.0×16.0㎝ 重量/1.3kg 内容物/12アイテム
詳細:https://facil.jp/bousai_block/

1975年の創業、今年(2025年)でちょうど半世紀を迎えるファシルは、長らく防災ずきんの製造と販売に携わってきました。現在の社長の母が立ち上げたという小さな会社でした。ただし、その防災ずきんは1980年代に日本防炎協会から全国に先駆けて商品認定を受けるなど、市場での存在感を高めていきます。
「母たちが細々と営んでいた会社です」と八木法明社長は言います。社業に大きな変化を生み出したのは2010年代半ばの話でした。2013年3月、北海道の猛吹雪のなか、クルマで移動していた親子が立ち往生してしまうという事故がありました。その報道を目にした社長は真剣に考えました。
「もし、車内に防災用品が常備されていたら…」
防災ずきんという商品を扱い続けてきた経営者として、そう思わずにはいられなかったといいます。
ただし当時、車の中に防災グッズを常に入れて携行するという習慣は、社会にまずなかった。社長が調べてみると、めぼしい商品としてはバッテリーが上がったときの対策用品くらいしかない。それには理由があるようで、クルマの中は季節によって高温となるために防災グッズを入れっぱなしにしておくには向かない環境であるためだ、というところまで、社長は情報を掴みます。
コンセプト段階で展示会に挑む
それでも社長は諦めきれなかったそうです。2016年、同社は東京・有明の東京ビッグサイトで開催される展示会に思い切って出展を試みます。
何を出展したのか。「『車に防災』というテーマを掲げ、とにかくイメージを理解してもらうための外箱だけをブースに並べました」と社長は振り返ります。その中身はまだテスト段階であり、具体的なアイテムまでは揃え切れていなかったといいます。言ってみれば、商品を出展したのではなくて、コンセプトひとつをもってしてブースを出すことを決心したのでした。
その展示会の最終日、来場者の一人がブースで立ち止まりました。ホンダ車の純正用品を開発・販売するホンダアクセスの社員でした。その社員は熱いまなざしで社長の言葉に耳を傾け、「これはできるかも」と答えました。そして実際、すぐに静岡市にあるファシルの社屋まで足を運んでくれました。
社員数わずか20人ほどのファシルと、大手自動車メーカー系の会社が手を携えた結果、2017年の年末に商品は完成しました。まずはホンダアクセスの純正品として登場させ、それと並行するかたちでファシル自身のブランドを冠した「BOUSAI BLOCK for CAR」も発売にこぎつけます。こちらの販売価格は現在、8,580円です。
元来、防災グッズは高温となる車内保管には向かない、という懸念点を、ファシルはどうクリアしたのでしょうか。
「この箱の中に入っている水とクッキーはともに7年保存対応のものですが、どちらも-20℃〜80℃の耐温度域のあるパッケージを使っています」(八木社長)。
これらは、社長がさまざまなメーカーの商品を探してようやく見つけ出した存在とのこと。すぐにメーカーから仕入れて、この箱の中に加えています。
「BOUSAI BLOCK for CAR」に収まっているのは、こうした水やクッキーを含めて12アイテム。「あまりに大きな箱にすると車載に向かないので、アイテム選びには悩んだ」と言います。ポイントは「絶対になくてはならないと考えるものから揃えた」(八木社長)。
まずは携帯トイレ。次に寒さをしのげるポンチョです。擦れる音のしない素材を選び、自分や周囲にストレスのないようにしたそうです。また、日本人の体型に合うような形状に仕立ててもいます。ブランケットではなくてポンチョにしたのは、ブランケットだと両手で持つ必要が生じてしまう場面があるからという判断でした。このほかには、居場所を伝えるホイッスル、さらに耐用温度の高い簡易型ライトも入っています。これも普通の懐中電灯は高温となる車載には不適と知って、わざわざ選択したものでした。で、いま記した携帯トイレから簡易型ライトまでのアイテムはどれもファシルの開発によるもので、協力メーカーの力を得ながら完成させたといいます。
あと一つ、お伝えしたいことがあります。上の画像をご覧いただくとおわかりの通り、この「BOUSAI BLOCK for CAR」、外箱のデザインが洒脱です。これにも大きな理由があるらしい。「自分自身がクルマに積みたくなるデザイン、あるいは人に贈りたくなるデザインでなければいけない」。社長はそう判断して、同社に在籍するデザイン担当社員に制作を指示しています。小さな会社にデザイナーが所属しているのが、また興味深いところです。デザインの力は大事、という考えなのですね

次の一手は「共助の実現と浸透」
こうして登場した、いままでありそうでなかった車載セットですが、結果はどうだったのでしょうか。
「法人向け商品と、自社ブランドである『BOUSAI BLOCK for CAR』を合わせると、現在まで累計で約20万箱を販売しています」と社長は話します。これは極めて立派な数字でしょう。
ホンダアクセスという自動車メーカー直系の会社との協業を果たした結果、他の複数の自動車メーカー系の会社からも問い合わせが相次ぎ、取引を果たせたそうです。
ホンダアクセスとの協業は幸運の産物だったのでしょうか。いえ、私にはそうは全く思えません。ファシルが意を決して展示会に出展した(それもコンセプト一発勝負ともいえる段階で)からこそ、ホンダアクセスの社員との出会いを掴め、商品化に漕ぎ着けられたわけです。
ファシルは現在、「シェアする防災セット」と名づけた商品を新たに展開しています。1箱に10人分もしくは30人分の防災用品が収まったもので、これをオフィスや店舗、あるいは大型トラックの車内などに常備しておくと、いざというときに、これを購入したユーザーだけでなく、周囲の人たちと防災グッズをシェアできるという商品です。販売価格は2万6,180円から。
「共助(大変な場面で人と人とが支え合い、分かち合う)という考え方を体現する商品を、ビジネスとして形にして社会に送り出したい、いう思いがあって開発しました」と社長は言います。
ここまでの話を聞いて理解できました。ファシルの商品たちは「社会に浸透したら嬉しい考え方」そのものが、言ってみれば商品であるわけですね。社長はこうも語ります。「先代である母はいつも話していました。『世の中の役に立つものをつくりなさい』。私はそれに加えて『世の中になかったものをつくろう』とも考えています。それが小さな会社が生き残る方法でもあるから」。
ファシルの売上高推移を最後にお伝えしておきます。車載セットを登場させる直前の2017年6月期は約1億5,000万円。2024年6月期は約4億2,000億円。そして2025年6月期は5億円をうかがうところまで伸長しているそうです。
同社ではいま、「シェアする防災セット」に同梱する説明書きの多言語対応を進めていると聞きます。インバウンド旅行者が日本での滞在中に万が一の状況に直面した時など、とても役立つのではないでしょうか。
