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連載❶ 21 世紀に、なぜ風呂敷がヒット? (朝倉染布株式会社)

 

【DATA】
製造元:朝倉染布株式会社(群馬県 桐生市)
商品説明:撥水機能が極めて高い風呂敷
商品仕様:サイズ/96×96㎝、70×70㎝ など 素材/ポリエステル100%
詳細:https://www.nagare-furoshiki.com/ja/concept.html

色鮮やかな布です。これは何か。風呂敷なんです。21世紀にもなって、いきなり風呂敷の話? いやこの商品が、実はヒットしています。

群馬県桐生市で1892年に創業した朝倉染布が開発した風呂敷で、その名は「超撥水風呂敷ながれ」といいます。発売した2006年にはわずか1300枚しか売れなかったのですが、現在では年間2万〜4万枚規模で推移するほどに育っていると聞きます。風呂敷の図柄には60以上のバリエーションがあって、売れ筋のものの価格は4840円です。

この時代に風呂敷が売れているというだけでも驚きですが、値段がまた高い。いったいどういうことか。そこには理由があります。

この風呂敷の生地には耐久撥水加工が施されています。水がしみ込まず、見事に撥じき切るということです。朝倉染布は、とりわけ撥水加工を得意としている町工場であり、大手メーカーと協業するなかで、ほかの工場がまずキャッチアップできないような技術をものにしてきたといいます。オリンピックのメダリストたちが着用する競泳水着の加工も手がけてきたほどでした。その技術を活かしたのが「超撥水風呂敷ながれ」です。

いざという場面で助かる仕様

それがどうした? と思われるかもしれませんね。風呂敷に高性能な撥水機能を施すとどうなるか。たとえばスポーツジム通いする人なら、ピンとくるでしょう。汗で濡れた衣類を包むのにとても役に立ちます。あるいは、ちいさなお子さんが公園で遊んだあと、泥んこになった服を収めるのにも助かる。さらにいうと、それだけではありません。説明していくと…。

急な雨に見舞われたとき、頭の上にかざせば傘がわりになります。また、寒さが我慢できない場面でこれを羽織れば、ストールやウインドブレーカーのように使えます。そして同社では「防災に」とも謳っています。確かにそうですね。避難用袋に入れておくと、いざというときに重宝しそうです。雨よけにも寒さ対策にもなりますし、撥水加工のおかげで水を運ぶバケツがわりにもなる。

こうみていくと、売れる理由がわかるのですが、まだ理解できない部分も残りますね。まず、なぜ朝倉染布は風呂敷をつくったのか。次に、どのような推移でヒット商品に育っていったのか。同社の社長に聞いてみました。

織物の街である桐生で、朝倉染布が長年携わってきたのは、業界内で「染め屋」と呼ばれる工程です。織物や生地に加工を施して、次の工程を担う事業者へとつなぐ役割ですね。ただし、染め屋の立場は厳しい物でもあるらしい。利益がなかなか確保できないからだそうです。

2000年代の前半に、社長は自社ブランド商品の開発に着手します。大手メーカーからの注文を受けて加工を手がけるだけでは利益が出にくい。であれば、そうした加工の仕事と並行する形で生地を自律的に仕入れて、自分たちの考えのもとで加工して商品化まで進め、それを消費者に直接売ろう、という話です。

ただ、そんなに簡単には事は運ばない。アロハシャツやケープを製作して販売を試みましたが、いずれも失敗。社長は振り返ります。いまから思えば、強いコンセプトワークがそこになかった、と…。

販売チャネルを見直して、成功へ

あるとき、ひとりの役員から「風呂敷はどうか」という提案が生まれました。いまどき風呂敷か、という疑問はもちろん出たそうです。でも、提案した役員は「自分が欲しいのはこれだ、欲しいものをつくりたい」と強く願い出た。

でもこの段階では、風呂敷を誰がどう使うのかがまだ見えない。役員はいいます。「風呂敷にこそ、自社の得意な撥水加工が生きる」。

風呂敷は完成しました。ここから焦点になるのは、どう売るかです。同社には自社ブランド商品をアピールする経験はほぼなかったから。

営業に回る担当者たちは、この「超撥水風呂敷ながれ」に水を入れて3時間そのまま保ったという実験結果まで携えてアピールを続けました。見本市にも果敢に出展したそうです。社長は展示用の装置をつくりました。風呂敷の上から水をかけ続けて撥水力をその場で見てもらうためでした。

それでも販売数は伸びません。ここで社長は方針転換をかけます。既存の小売店に売り込むのではなくて、通販チャネル中心に舵を切りました。そのほうが、この風呂敷の特性をつぶさに伝えやすいから、という判断でした。すると、売れ行きが大きく跳ね、ここに至るという話です。「水を撥じく布」とした明快なキャッチコピーが、消費者の興味を着実に惹いていきました。

そして現在は、イベントノベルティ用途への対応やアパレルブランドへの供給といった、いわゆる別注品領域で大きく勢いを増しているとのこと。また、EC サイトでの販売数も増加傾向と聞きます。この風呂敷の認知度が、企業と消費者の双方で高まっている証ですね。

社長によると、2000年代当時は、みずからの商品を企画立案して売ろうという気運は、この会社のなかになかったそうです。それでも危機感から新商品開発に挑み、売れないと見るや、矢継ぎ早に手を打っています。その結果のヒットだったのでしょう。

撥水加工という、同社の足許にある宝物を生かし、風呂敷をいわば“安心グッズ”としての存在に進化させた。この点も見逃せませんね。