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連載➐「その商品はどうあるべきか」に愚直に挑む(株式会社シンプルプラス)

【DATA】
製造元:株式会社シンプルプラス(東京都 文京区)
商品説明:保管時の省スペース性、頑丈さ、価格面いずれも突き詰めた、組み立て式の段ボールベッド
商品仕様:サイズ/58.8×29.7×9.4cm(保管時)、180×60×10cm  重量/2.4kg. 素材/強化段ボールK6/160
詳細:https://www.simpleplus-group.com/simpleplus-factory/

段ボールが素材である、組み立て式のベッドです。その名を「ハコユカ」といいます。東京・文京区のシンプルプラスという小さな企業が2022年に開発をスタートさせ、2023年11月に発売した商品です。販売価格は9878円(税込)。

なぜこういったベッドが必要かは、もうお分かりのことでしょう。自治体などが購入して保管を続けるためです。自然災害などが起きてしまった場面で、避難を余儀なくされる人々が休息をとるために必要なアイテムということです。

ただ、こうした段ボールベッドは、すでにもう大手中堅どころの複数企業が商品化しています。なぜ今回、わざわざ後発商品である「ハコユカ」をこのコラムで取り上げるのか。もちろんそこには理由があります。

順番に、その開発経緯をお伝えしたうえで、この「ハコユカ」という商品から私たちが何を学べるのか。しっかりと整理していきたいと思います。

「小さい」「安い」、そして「丈夫」

シンプルプラスは2007年の設立です。当初は輸入ペット用品の販売から始め、東日本大震災が起きた後の2013年には、長期保存できる非常食の開発に着手します。主に各地の自治体に向け、商品ラインアップを拡充していきます。

そうした事業に携わるなかで、同社の樋口太代表は段ボールベッドの商品化に向けて構想を温め始めたといいます。先ほど申し上げたように、既存商品はいくつもある領域でした。それでも代表は開発する必要性を感じたらしい。それはどうして?

「組み立て式の段ボールベッドというのは一見、単純な商品にも思えますね。ところが、自治体の職員さんからすると、実は不満を募らせている部分があることに気づきました」

地域行政の現場に携わる自治体の職員さんが、何を感じていたのか。樋口代表は、それを汲み取ろうと動きます。

「段ボールベッドという商品がそもそもどうあるべきなのか。その“あるべき要素”をひとつずつ抽出して、愚直に商品をつくっていけば、自治体の職員さんが困ることの決してない段ボールベットが完成するはずです」

代表は、何が“あるべき要素”であると、答えを導き出したのでしょうか。

「小さい、安い、そして丈夫。この3点です」

小さいというのは、保管のしやすさに直結します。確かに自治体職員さんにとっては切実な話です。価格が安いかどうかは、数を揃えるうえで、当然ですが大事になってきます。既存他社の段ボールベッドは1万円台前半〜半ば、高いものですと2万円ほどするといいますから、自治体にすると予算の確保も大変です。最後の丈夫さは言うまでもありませんね。避難してきた人たちが安心して使える強度・構造であることは重要です。

3要素は「満点」、あとは「ぎりぎり及第点」

シンプルプラスの樋口代表は、開発にあたって真っ先に、そのゴールを定めました。

「保管時の状態が、縦・横・高さの合計で100cmにとどまること。いわゆる100サイズに収まるように、と」

既存の段ボールベットは150サイズ程度のものが大半でした。これでは自治体の職員さんが難儀する。だからこそ100サイズの実現を、という狙いです。そのうえで、価格を抑え、しかも丈夫な構造とできるよう、樋口代表はみずからCAD(コンピュータ設計支援)を駆使して、段ボールベッドの設計に臨みます。

製造を依頼した先は、老舗の大手ダンボール製品メーカーのグループ工場でした。最初は「これが商品として成立するのか、つくれるのか」と何色を示されたそうです。しかし代表は「無理難題は承知のうえです」と粘り腰で交渉。すると工場側は、その熱意に応えてくれたといいます。

「試作を重ねるなかで、自治体の職員さんに見てもらうたびに、新たな要望が出されてきます。ひとつ課題を解消したらまたひとつ。その繰り返しでした」

例えば、組み立てた後にベッドを問題なく、底が抜けることなく動かせるようにしてほしい。それを解決したら、今度は、段ボールの断面を安全にしてほしい。そんな感じだったようです。

樋口代表も、製造を受けて立った工場の担当者も、文字どおり苦心の連続だったわけですね。

そうして2023年、「ハコユカ」は完成をみます。樋口代表にとって、すべての要素において胸を張れる商品にできたのでしょうね。

「いえ、正確に言いますと…」

何ですか? 心残りがそれでもあったのですか?

「そうではありません。3つの要素においては『満点』と断言できます。あとのいくつかの要素は『ぎりぎり及第点』というところです」

どういうことか、さらに説明してもらうと…。

まず、「満点」というのは、保管スペースが小さくて済むところ。最初に目標とした100サイズを実現できました。また、価格は1万円を切ることができた。そして丈夫さです。小さなサイズに留めたことによって、K6(ケーロク)と業界内で呼ばれている屈強な仕様の段ボールを採用しても重くなり過ぎず、無理なく使えたのでした。これによってベッド外側の面を強化でき、人が寝転んだときに沈みを少なくできたほか、内部構造上も耐荷重400kgを果たすものにできました。

では、「ぎりぎり及第点」というのはどこか。まず、組み立てたベッドの幅が60cmと、既存他社の段ボールベッドよりも狭い。次に、床に置いたベッドの高さが10cmと、これまた薄く、快適性には欠ける(ただし、寝ている人がもし転げ落ちてもケガしづらいという側面はある)。最後は、ベッドの組み立てに時間を要すること。既存他社のベッドが3〜5分で完成するのに対して、「ハコユカ」は13〜15分かかるといいます。

単なる差別化戦術では、決してない

樋口代表みずからが認めるように、3つの「満点要素」と、それ以外の「ぎりぎり及第点」という要素が混在する段ボールベッドです。

それでも…。発売以来、週に3〜4件は各地の自治体などからの問い合わせが続いているほか、今年(2026年)2月からは、ある大手家電量販店での取り扱いが始まり、一般消費者にも売れ始めていると聞きます。こう言ってはなんですが、知名度にとぼしい小さな企業が世に送り出した後発商品としては、着実に成果を上げていると表現して差し支えないと思います。

それはなぜなのだろう、と私は考えてみました。

シンプルプラスの樋口代表が開発にあたって妥協しなかった「3つの満点要素」とはつまり、地域行政の現場で困っていた部分に応えようと臨んだ部分ですね。だからこそ、大手中堅どころの商品を向こうに回して、自治体を振り向かせているのでしょう。

この3つの「満点であるべき要素」こそが大事と踏まえ、樋口代表は残りの要素については、あえて削ぎ落とす判断をしています。もちろん、すべてが満点に近ければより良いのでしょうが、商品開発というのは、なかなかそうはいきません。ならば「何を削ぎ落とすか」の決断こそが勝負どころとなります。この「ハコユカ」は、自治体の現場の悩みを救うために、その勝負に挑んだわけです。

これはいわゆる差別化戦術とは別物、と私は感じています。ライバル他社がこうきたから、わが社はこう対抗して差別化を狙う、という商品開発のアプローチには、落とし穴があります。他社の既存商品のスペックなどにとらわれるあまり、開発思想が他社商品のありように振り回され、肝心なところを見失い、自律的な商品企画がなせなくなる恐れが大きいのです。

「ハコユカ」はそうではありませんでした。既存商品がどうこうというのではなくて、あくまで「段ボールベッドとはどうあるべきか、何が最優先要素であるのが正解か」を、真正面から突き詰めたすえに完成した商品でした。保管時のサイズの小ささに代表される「ハコユカ」独自の商品特性によって、確かに差別化は果たせています。でもそれは、結果としての話でしょう。差別化狙いありきの商品ではありません。

 

安心・安全グッズの開発をめぐる中堅中小企業の奮闘に焦点を当てたこの連載は、今回が最終回です。ご愛読ありがとうございました。